ingrid fuzjko hemming official site ENGLISH
TOPへ profile diary essay world collaboration discograpy

world collaboration
history2002
プラハ公演
2001.9/23 ルドルフィナム・ドヴォルザーク・ホールで公演
プラハ公演 ドヴォルザーク、スメタナなど大作曲家を生み出し、モーツァルトなど多くの音楽家の創作意欲をかきたてた地「プラハ」。新しく生まれ変わったチェコを代表するにふさわしいオーケストラとの共演が実現しました。
同時多発テロ発生直後にもかかわらず、プラハを代表するルドルフィナム ドヴォルザークホールに多くの聴衆がつめかけました。あいにく、9月26日に予定されていたプラハ城での公演は、大統領の官邸でもあることから厳戒体制がしかれ、公演は突然中止ということになりましたが、チェコナショナル交響楽団との日本ツアーを飾るにふさわしく、プラハ公演は大成功をおさめ、現地のマスコミはこぞってフジ子の演奏に賛辞を送りました。

ダイアリーエッセイ

プロフィール
※スメタナ作曲/歌劇“売られた花嫁”より序曲
※チャイコフスキー作曲/ピアノ協奏曲 第1番変ロ短調
※ドヴォルザーク作曲/交響曲 第8番ト長調

コンダクター
オリバー・フォン・ドホナーニ 指揮者
オリバー・フォン・ドホナーニ
プラハ音楽アカデミーでバクラフ・ニューマン教授、アロイス・クリマ教授などに師事。ウィーン国立音楽大学にも留学し、オトマー・スイートナー教授らの指導を受ける。
1976年から1986年にかけてスロヴァキアのプラティスラヴァ放送交響楽団の常任指揮者に就任。1986年から1991年にわたりプラティスラヴァのスロヴァキア国立歌劇場の音楽監督としてプッチーニ、スメタナなどたくさんの作品を指揮する。その中でもグノーの“ファウスト”は国内だけではなくハンガリー、イスラエルなどの海外公演でも高い評価を得、特にイギリスのエジンバラインターネット楽祭では特別賞を受けた。
1993年から1998年にかけては、プラハ国立歌劇場の音楽監督を務め、ここでも多くの名作に携わり、特に95・97年にはモーツアルトの作品を日本で上演し、大きな話題を呼んだ。今、ヨーロッパで大きな関心を集めているチェコ・ナショナル交響楽団との今後の活動に大きな期待が寄せられている。

オーケストラ
オーケストラ
チェコ・ナショナル交響楽団

1989年チェコ共和国で起こった無血の「ビロード革命」以後、民主化の波が急速に進み、この変化と圧力は政治や経済だけではなく、音楽の分野にも及び、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団など国内のオーケストラにも大きな影響を及ぼしました。旧体制下では公務員であった楽団員は、新体制においては各個人の責任となり、またオーケストラ自体も経済的独立が必要となったため、運営を継続するための国外での演奏活動や団員の技術の向上が不可欠となりました。
そんな中でヤン・ハーズネル(Jan Hasenohrl)がチェコのオーケストラを再構築するために、プラハの主要オーケストラの主席団員に呼びかけて、1993年秋チェコ・シンフォニーオーケストラを組織しました。このオーケストラは7つの既存楽団の団員で構成され、各パートが自分の才能を発揮できるようになっており、1993年11月にウラディミール・ヴォーレク指揮で、初回公演を行いました。その後1994年に楽団名をチェコ・ナショナル交響楽団と変え、1996年には主席指揮者にマエストロ・ポール・フリーマンが任命されてからは、彼の指導力のもとにオーケストラは発展していき、将来が期待されています。



2001.October
チェコ・ナショナル交響楽団
2001.September
プラハ公演
2001.July
ニューヨークシンフォニックアンサンブル特別公演
2001.July
ニューヨーク公演記念ピアノリサイタル
2001.June
ニューヨーク カーネギーホール リサイタル
2001.May
ウィーン・アルティス・カルテット
2001.April
ウィーン・フィルの仲間たち




fujiko hemming official site